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こわいもののこわがり方 『ちのり』

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 『ちのり No.00』(ちのり文庫)

 

名前のないものはこわい。

たとえば部屋の床に落ちていたこの髪の毛。自分のものか、それともほかの誰かのものか。落とし主の名前がわかればなにもこわくない。「誰のもの」という名前をなくした瞬間、それはこわくなる。長くて黒いどこかの誰かの髪の毛。一気に背筋をぞわっとした何かが走る。たとえばふすまの微妙なすき間。その空間が「すき間」と名付けられていたからよかった。もしもそのふすまと柱の間の空間が名前のない何だかわからない暗い部分だったら。それは部屋の隅に突如出現したなんだかほの暗い空間である。もうなにが出てきても不思議ではない。「すき間」に「すき間」という名前をあたえた人は偉大だとおもう。

昨年の夏に発刊された小冊子『ちのり』では、暮らしの中にあるほんのちょっと見方を変えるだけでこわさに早変わりするもろもろを「コツ」として紹介してくれる。誰にでも、どこにでもある怖さのコツ。ゆらりと揺れたカーテンを風ではないなにかのせいにしてみるとか。テーブルの下の影を見るでもなく視界の端にしばらくとどめてみるとか。そのような数々のこわさについて、本書ではこう述べている。

 

 おばけのこわさは、かたまった頭を上手にゆるめるためにあるのかもしれません。

 

本書で紹介されるこわさのコツとは、ただ怖がるためではなく、暮らしの中にゆとりをみつける作業なのだろう。いつからそこにあったのかわからない冷蔵庫の中の変色したヨーグルトだって、お化けのせいにしてしまえばほほえましいいたずらになってしまうのだから。

とはいえ、夜中にひとりで読んでしまったことを今は本当に後悔している。今夜は電気をつけたまま寝よう。

 

 

(鳥居)