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『えいごのもと』 

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『えいごのもと』(関谷英里子・Noritake/NHK出版)

 

高校生の頃、“Identity(アイデンティティ)”という単語が世界一難解な単語だった。辞書を引いてみても「自己同一性」などという日本語とは思えない説明しか載っていない。先生の説明もなんだか的を得ない。なぜ理解できないのかすら考えることを放棄して数年が経っていたが、本書を読んでやっとなんとなく腑に落ちた。
著者によれば、英単語は日本語と必ずしもイコールではないという。いわれてみれば当たり前の話だ。言葉はなんらかの概念を説明するためのもので、別の言葉に翻訳するために生まれたのではない。言葉を理解することは、単語がわかることではなく、その言葉の指すイメージを捉えることなのだろう。
たとえば“Identity”を動詞の形にした“Identify”。辞書では「確認する・定義づける・特定する・同一のものとみなす」といった単語に訳される。理解とか覚えようとか以前に、日常生活では絶対に使わないとしか思えない。だが著者のイメージは「(これだと)確信する」「もうこれで間違いないというニュアンス」。単語の訳としてはかなり不十分かもしれないが、会話の中での役割としてはすっと懐に落ちてくる。感覚的に使えるような気がする。
イメージでとらえる見方はちょっと難解な日本語にであったときにも役に立つ。すこし前、店頭でであったお客さまからの問い合わせはかなり難解だった。
「ちょっと前に出たなあ、あのほら、有名な、ちょっと難しい、IQの本!ある?」
クイズやパズルの本を探しているわけではないことは口ぶりからわかった。どうやら小説らしい。さっぱり見当もつかない。ここで「IQの本」を文字通りとらえていては永遠に答えにたどりつかなっただろう。探しているのは「IQの本」っぽいイメージの何か。
そこから村上春樹の『1Q84』にたどり着くのにはそんなに時間がかからなかった。人間のイメージ力は限りがない。単語の幅をちょっとだけ広げる本書のようなとらえ方は、日常では英語と縁のない生活をしている人にこそ役に立つかもしれない。

 


(鳥居)