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翼を持った言葉 『絶叫委員会』

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『絶叫委員会』(穂村弘/ちくま文庫)

 

「翼」を持った言葉、というものが確かに存在する。バスの中で、人ごみの中で、家のベランダで、不意に出会う、突き刺さる言葉。

たとえば、近所のスーパーにあった張り紙。

 

「このドアは10時ジャストにオープンします。」

 

10時前に来ても店は開いていない。それを伝えるために、店主はこの言葉を選んだ。「ちょうど」でも「ぴったり」でもなく、「ジャストに」。それが店主のリアルな言葉だった。必ず10時に開けるという強い意志。そんなリアルな言葉を、妙に生々しく感じてしまう。

本書では、著者の穂村弘さんが出会ったリアルで生々しい言葉が次々に登場する。それらの言葉はどれもとんでもなく魅力的だ。

 

「これ飲むと、青虫みたいになれるよ」

「戦国武将に学ぶ風林火山経営術」

「噛みつきますから白鳥に近づかないで下さい」

「でも、さっきそうおっしゃったじゃねぇか!」

「おい、驚いたよ。俺ん家にもうひとつ部屋があったんだ」

 

あげていけばキリがない。どんなシュチュエーションで、誰が、何を思って発したのかといったことをすべて吹き飛ばしてしまうほどの力を持った言葉ばかり。特別な言葉ではない。凝った言い回しをしているとか、かっこいい単語を使っているとかいったこともない。ごく自然に、日常の隙間からふっと湧き出す言葉である。普段は気にすることもなかった些細な瞬間をガツンと気づかせてくれる。そして、日常の隙間で遊ぶことの楽しさを教えてくれる。 

昨日のことだ。いつもの通勤の途中、バスの車窓から見えた「すだじい」という看板。なんだろう。そのたたずまいから察するにかなり前からそこにあったものだろう。かといって文字が抜け落ちているわけではない。白い板にひらがなで大書きされた文字。その看板は、間違いなく「すたじい」を誰かに伝えるためにあるのだ。その「誰か」には僕も入っているのだろうか。不安になる。わからないのは僕だけなのではないか。「ああ、すだじいね。」「そろそろすだじいだな。」といった会話が当たり前のようにされているのではないか。不安が解消されることなく、「すだじい」は「すだじい」のままこちらを見つめ続けている。

 

 

(鳥居)