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『ふしぎの時間割』のふしぎな記憶

バンビオ店の本棚から

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『ふしぎの時間割』(岡田淳/偕成社

 

小学6年生のころ、しょっちゅう居残りをさせられていた。漢字のミニテストが苦手で、2点とか3点しか取れなかった僕は、延々と書けなかった漢字をノートに写していた。みんなが帰ってしまった教室はやけに広く、誰もいない廊下はもっと広かった。グラウンドから聞こえてくる声がやたらと遠い。なんとなく後ろを振り向けない。


あるいは夏休み。宿題をするのにどうしても必要なのに、教室に忘れてしまった絵の具のセットを取りに行く。おそるおそるドアを開けて机の間を進む時間の長いこと。こんなにロッカーは遠かっただろうか。ほこりの匂いのするがらんとした教室はどこか別の世界のようだった。


授業で習ったことや、教科書の中身は何も覚えていないけれど、独りで教室にいたあの時間はすぐに思い出せる。漢字の書き取りをさぼって学級文庫に並んでいたいろんな本を読んでいたことも。もちろん、この本を読んでドキドキしていたことも。普段とはちがった空間で、何かが起こりそうな、でもなにも起こってほしくないような、めちゃくちゃ怖いけど、どこかわくわくするような気持ち。そんな気持ちを思い出させてくれるのが岡田淳の描く世界だ。空想と現実をギリギリまでぼやかしてしまうストーリー展開は、自分の中の遠い記憶をあいまいにしてしまう。小学生のころ、誰しもが間違いなく経験していた小さな冒険。もしかしたら自分もあの教室でふしぎな猫やネズミやおばあさんに出会っていたのではないだろうか。遠くなってしまった学校という空間の記憶は、この本の中にあるような気がする。


いま、読書感想文に四苦八苦している子どもたちには、感想文なんて書かなくてもいいから、本の世界に浸って何もせずにぼやっとしてみてほしい。「ふしぎの時間割」が、始まるかもしれない。

 

(鳥居)